桂小米朝の「新・私的国際学」<5>(2003年5月4日)

大阪府が抱える演芸ホール「ワッハ上方」が昨年度末をもって演芸場としての役目を終えた。一般の貸ホール、つまりは“公民館”になったのである。これからは、落語会も他の催しに交じって抽選で使用日時が振り分けられるようになる。

近鉄劇場や扇町ミュージアムスクエアが閉鎖された今、自治体が運営する演芸場を多目的ホールに切り替えるのは仕方ないことかもしれぬ。が、その結果、大阪から落語や講談のための三百人劇場がなくなった。

新宿、上野、浅草、池袋に寄席が根づいている東京とは大違い。寄席小屋の前を歩くたび、席亭の情熱が伝わってくる。かたや、提灯がはずされた「ワッハ」。

偏った平等意識のもと、各市町村あるいは各区ごとにホールが立ち並ぶ。為政者は文化都市を標榜するが、現実はどうか。

昨年、道頓堀の中座が消えた。松竹が手放した文化の殿堂は、府も市も買うことなく、東京の不動産屋の手に渡った。中座といえば、江戸時代から道頓堀五座の一つとして歌舞伎などで栄えてきた所。近松以来、300年続いた伝統の糸を我々の時代でプツンと切ったのだ。私にはとても空恐ろしいことのように思えてしまう。二回も火が出たのは偶然だろうか。たとえ法善寺横丁が再生しても、中座はもうない。

あえて言う。わずか50億円のことだ。赤字経営のりんくうタウンやUSJやベイエリア開発に何百億、何千億という大金をつぎこむくらいなら、なぜ中座を買い取らなかったのか。さすれば多くの演劇集団がやってきて、道頓堀ブロードウェー構想が実現したはず・・・。

今、自分の夢が何であるか、はっきり言えるようになった。大阪に寄席を作ること!キタかミナミ、駅から5分までの一等地に・・・。中之島の公会堂を立てた岩本栄之助のように、私財を投じようか。あっ、家のローン返済もできてへんねやった・・・。どなたか、私の夢に愛の手を!

※一言加筆・・・その夢が叶いました! 桂三枝お兄さまのリーダーシップによって(^0_0^) 上方落語協会の会長として天満天神繁昌亭の建設に尽力され、なんと総額2億円ものご寄付を頂戴し、2006年9月15日、晴れて柿(コケラ)落としの日を迎えました。2011年の今年で早5周年──。今後とも、ご贔屓を賜りますよう宜しくお願い申し上げますm(__)m