2012.09.24 「“こがん亭”~“たけまるホール”」
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものですね。ようやく残暑も落ち着き、私も今日から高座用の着物を“絽”から普通の“単衣”に替えました(^0_0^)
今日(23日)は京都と奈良の掛け持ち。京都は、今出川室町を下がった西側にある芦屋小雁さんのお店「こがん亭」での落語会。月に一度、小雁さんの司会で進行する30人限定の落語&対談&お食事という贅沢な会なのです。今回は3周年記念の抽選もありました(^ー^)
「ご挨拶」小雁
『はてなの茶碗』米團治
「対談&抽選」小雁&米團治
童顔の芦屋小雁さんですが、昭和8年生まれ…ということは、来年80歳! とてもそんな風には見えません。いつまでも若々しい大先輩と対談の1コマを持つことができ、光栄でした(^ー^) 昔の映画の話になった時、小雁さんは「僕の少年時代はサイレント(無声映画)からトーキーに移行する時期やったから、両方見てますねん。なかには、部分的に弁士が入る“パート・トーキー”っちゅうのもありましたんや」「へぇ~、それは全然知りませんでした」。私は感心することしきり。
小雁先生! 近々、個人的に、もっともっといろんな話を聞きに行きますね(^-^ゞ
さて、“こがん亭”の後は、奈良県生駒市での「米朝一門会」に出演するため、一路クルマで奈良へ向かいます。
途中、河内の森にある磐船神社の前を通ったので、ちょっと参拝。いつもながら、ここに降り立つだけでホッとします。ご祭神は神武天皇よりも古い、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(アマテルクニテルヒコ・アマノホアカリ・クシタマ・ニギハヤヒノミコト)、いわゆる饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)です。饒速日尊が天磐船に乗ってここに降り立ったとされている場所なのです。大きな磐座(イワクラ)がいくつもあり、ここの“岩窟めぐり”はスリル満点! 今日はその時間はありませんでしたが、存分に森林浴ができました(^o^)/
磐船神社で鋭気を養い、近鉄生駒駅前にある中央公民館に到着。ここはこの夏から「たけまるホール」という名前になったのだそうです。何でも、茶道具の茶筅(チャセン)の材料である竹が近くに群生していることから、この名前が愛称となったとか…。
でも、なんで「たけまる」なんやろな? 疑問に思って、生駒市のホームページを開くと、ゆるキャラの「たけまるくん」まで作られていました! 着ぐるみの貸し出し要項まで書いてあります!!
しかし、ホールに入るお客さんの会話を聞いてると、「いつからこのホール、こんな名前になったんやろ」「何や、も一つ意味が分からへんな」と口々に囁く声がします。で、私が高座で「皆さん、たけまるホールという名前には、あまりご賛同されていないようですね」と言うと、一斉に笑いが起きました。「では、私が生駒市長になった暁には、中央公民館大ホールに戻します」と言うと、拍手の嵐となりました。
どうやら行政と市民の間には温度差があるみたいf(^_^; でも、これを“ひこにゃん”や“くまもん”のように広めたいと仰るなら、微力ながら応援させていただきます(^-^ゞ
さて、落語会はざこば兄さんを初めとする米朝一門のメンメンがご機嫌を伺いました(^ー^)
『狸の賽』團治郎
『芝居道楽』よね吉
『子は鎹』ざこば
〈中入〉
『鹿政談』文我
『くしゃみ講釈』米團治
ご来場の皆様、よく笑って下さり、ありがとうございました(^ー^) よろしかったら、メールにてご感想をお寄せ下さいm(__)m
終演後、私は舞踊家の藤間紫雀さんのお通夜に行きました。紫雀さんは私の父の古くからの友人で、「米朝独演会」で父が怪談噺をする時には、必ず紫雀さんが幽霊役で登場して下さいました。宙乗りで舞う美しい所作と、震え上がるような凄みは、誰も真似できないものでした。進行の早い癌により、あっという間にお亡くなりになりました。享年84歳。ご冥福をお祈りいたします☆