2014.12.14 《母の納骨》
今年は中川家喪中に付き、米朝一門の事始めの儀式はございませんでした。
その代わり、6月27日に他界した米朝夫人、すなわち私の母、中川絹子の納骨を遂行──。
この日はカラッと晴れ上がりました! 晴れ女だった母に相応しい日和です(^0_0^)
神道の儀礼に則り、尼崎市の富松神社の宮司、善見壽男さんにお越し頂き、自宅から伊丹市の昆陽寺の墓地に至るまでの納骨の儀を取り仕切っていただきました(^∧^)
私が富松神社まで宮司さんを迎えに上がると、境内はとても清々しい氣に満ちていました☆
富松と書いて「とまつ」と読みます。語源は“泊津”か“苫津”あたりではないかと思うのですが…。それはともかく、富松神社は尼崎市では貴布禰神社と並んで、歴史のあるお宮さんです☆☆
主祭神は素盞鳴尊(スサノオノミコト)。
境内には沢山の摂社末社がございます。大峰山の行者堂もあるのです。毎年夏に行われる薪能も有名!
いわゆる弁天様と呼応する市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)が祀られているお社の周りでは、今なお紅葉が美しく映えていました(^ー^)
さて、武庫之荘の自宅でのまつりごとを終え、伊丹市の昆陽寺(コヤデラ)へと移動──。
昆陽寺の墓所でしめやかに納骨を済ませた後、ふと見上げると、栴檀の実がたわわにぶら下がっているではありませんか☆☆
なにやら、とても穏やかな気持ちになれました(^人^)
行基上人によって開かれた昆陽寺──。今日は墓地しか伺えませんでしたが、近々ゆっくり参拝いたします☆☆☆