2015.03.21 《翌日の動楽亭》

米朝が他界した翌日、記者会見の席上でざこば兄さんは号泣されました。

私もお兄さんが15歳で米朝宅に来られた時のことを思い出し、感極まりました。

会見の後、感慨に耽る間もなく、大阪・西成の動楽亭へと移動──。

0321①

実は、19、20日と動楽亭昼席の出番だったのです。

この動楽亭こそ、チャーチャン(米朝)の意を汲んで、「落語のさらなる繁栄のために」と、ざこば兄さんが建てられた寄席小屋なのです。

ちなみに、前日の演目は次の通り。

『小倉船(前半)』 米輝
『八五郎坊主』 雀太
『つぼ算』 三ノ助
『笠碁』 ざこば
   〈中入〉
『稽古屋』 米團治
『馬の田楽』 呂鶴

この会の後、父の容態が急変し、逝去したわけですが、落語会は当然翌日もございます。

20日は、父が復活した“あの世”へ誘う旅ネタ『地獄八景亡者戯』を演じることに──。

『子ほめ』 弥太郎
『商売根問』 雀太
『狸の賽』 八光
『地獄八景亡者戯(前半)』 米團治
   〈中入〉
『鯛』 三ノ助
『裏向丁稚』 呂鶴

『地獄…』では、あの世で米朝との対面シーンを作り、この日しか言えないセリフを言い、そこでオチを付けました(^o^ゞ

ご来場まことにありがとうございました(^人^)

お彼岸も私は方々で落語会──。

そうそう、今回、幾人かの方に「お彼岸に亡くなられた方は、高いところへ行けるそうですよ」と言われました。

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今頃、米朝は遥か天空から我々弟子一同を見守って下さっていることだろうと信じ、今日も高座を勤めます☆☆☆