2023.8 .31《 台風で新幹線ストップ どうなる喜楽館夜席 》

近頃、毎年のように「今年は記録的な猛暑となりそうです」と報道されていますが、この夏は本当に暑うございました。どうやら10月頃まで「夏」が続くのではないかしらん。

暑さと共にやって来るのが台風。ひと昔前は台風上陸は秋が定番だったのに、今では夏が当たり前となりました。ことし(2023年)は8月15日に台風7号が関西を直撃。その週は私、神戸・新開地の喜楽館に出演中でした。各鉄道会社が計画運休に踏み切ったため、15日は関西の寄席小屋はすべて休館に…。鳥取や舞鶴など一部の地域には深い爪痕を残しましたが、大阪や神戸は大きな被害もなく、台風が過ぎ去りました。

翌16日は寄席興行も再開。私も喜楽館に入り、昼席のトリの出番に向けて準備をしていると、上方落語協会から私に電話! 「静岡県の集中豪雨で新幹線が止まってて、夜席の東京からのメンバーが足止め状態なのです。米團治さん、何とか繋いでいただけませんか?」との打診。実は、台風7号が通過した後も強い南風が吹き、静岡で集中豪雨となり、東海道新幹線が止まってしまったとのこと。

この日の夜席は「東西交流会」。江戸からは柳亭小痴楽、立川吉笑、三遊亭わん丈の三人。上方からは桂佐ん吉、桂二葉という東西の若手花形メンバーの揃い踏み。しかも、二葉はフジテレビの昼の生放送を終えてから戻るので、確実に来れるのは在阪の佐ん吉、ただ一人。チケットは既に完売状態。主催者としては何とか開催したい興行というわけです。でも、ネットニュースを見たら「14時10分に運転再開」とあったので、私は「まぁ、午後6時半の開演までには間に合うやろ。なんとなれば、最初だけちょっと繋ぐよ」と言って電話を切りました。

ところが、豈(あに)図らんや、午後6時を過ぎても誰一人やってきません。訊けば、運転は再開したものの、先行列車の渋滞で止まっては動き、動いては止まりの繰り返しなのだとか。さぁ、困った。どうしよう。スタッフが時々刻々それぞれの噺家とスマホで連絡を取っています。それによると、小痴楽・吉笑・二葉の三人は東海道新幹線で移動中。わん丈だけが北陸新幹線に乗り、金沢駅でサンダーバードに乗り換え、在来線で神戸を目指しているとのこと。「おぉ凄い! どちらが先に着くか、見ものやな」と、その情報をお客様に伝えるべく、私が前座として登場することに…。何十年ぶりかに「石段」の出囃子で高座に上がりました。有難いことに私は大きな拍手で迎えられ、状況を説明し、マクラをたっぷり振って『七段目』を口演。続いて、佐ん吉が出て『くやみ』を熱演。『くやみ』が終わる五分前に小痴楽が楽屋入り。休む暇などあらばこそ。すぐに着替えて、いざ登場! 万雷の拍手で迎えられ、『粗忽長屋』を披露。ここで、中入———。

休憩中も私の心は休まらず。終演時刻のタイムリミットは午後9時半。それまでに、あとの三人が着くのだろうか…。実は、小痴楽が早く着いたのには訳があり、この日の昼間に彼は取材の仕事を入れていたため、朝9時台の新幹線に乗ったのだとか。十時間近く、のぞみ号の中に居たことになります。それを聞いた私はますます不安が募り、中入後の対策を練りました。まずは、この夏「喜楽館」の支配人になったばかりの朝日放送アナウンサー、伊藤史隆さんにお客様へ向けての挨拶をしてもらい、それに続いて佐ん吉・小痴楽・米團治が再び登場。「今度は順番を入れ替えて、小痴楽〜佐ん吉の順で短く一席ずつ喋りなさい。その後は誰が出るのか全く分かりませんが、よろしくお付き合いのほどを」と私が提案(というより、ほぼ指図)し、『提灯屋』〜『長短』と続きました。『長短』のサゲ五分前に、吉笑と二葉が同時に楽屋入り。「吉笑! 取り敢えず、着替えろ! 持ち時間は8分や!」

「佐ん吉」の名ビラが「吉笑」に変わった瞬間に、客席から割れんばかりの拍手が巻き起こりました。吉笑が高座から降りてきて、二葉が高座に上がっている時に、わん丈が楽屋入り。当初の計算では彼が一番早く着くはずだったのですが、サンダーバードが福井県の今庄駅で立ち往生したのだとか。そして、彼は私に「お願いです。少しでいいので、落語を喋らせて下さい」と。いつしか舞台監督になっていた私…。兎も角も、後続の三人が皆8分ずつで纏めてくれたお蔭で、わん丈終わりが午後9時25分。最後にもう一度、若手花形が勢揃いで登場し、拍手喝采の中、ちょうど午後9時半に緞帳が下りました。ようやく胸を撫で下ろした次第です(^◇^;)

『七段目』米團治
『くやみ』佐ん吉
『粗忽長屋』小痴楽
 〈中入〉
「ご挨拶」伊藤史隆
「トーク」佐ん吉&小痴楽&米團治
『提灯屋』小痴楽
『長短』佐ん吉
『ぷるぷる』吉笑
『上燗屋』二葉
『花魁の野望』わん丈
三味線:佐々木千華
鳴り物:遊真・おとめ
手伝い:八十助・米舞

実は、下座(お囃子)を勤めていた月亭遊真と桂おとめの二人もいざという時のために着物を持参していたのです。お客も演者もハラハラドキドキワクワクの連続となった東西交流会。いつまでも語り草となることでしょう!